【活動報告】小倉北区・勝山公園にて開催された北九州市原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列いたしました。
2025.8.9

テレビ各局は9日、各地で続く豪雨災害に対し、最大級の警戒を呼びかけていました。小倉北区・勝山公園にて開催された北九州市原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列いたしました。8日には鹿児島県霧島市に、今年初めての「大雨特別警報」が発表され、土砂崩れや家屋の倒壊、高速道路・国道の通行止めも相次いでいます。
言うまでもなく、災害への備えは、全国どこであっても欠かせません。私の地元・北九州でも、過去には甚大な被害がありました。1953年の旧門司市(現・門司区)では、4日間で600ミリを超える豪雨により、大きな被害が発生。さらに2008年・2009年には、小倉北区・小倉南区を流れる紫川が氾濫しました。
県議(4期)として務めていた時期は、治水・がけ崩れ対策、そして熱中症予防など、防災関連施策に力を注いでまいりましたが、このところの猛暑と豪雨は、もはや“異常気象”という言葉で片づけられるものではありません。
地球温暖化による影響が深刻さを増す中、「警戒をし過ぎる」ということは、もはやないのではないでしょうか。
不安定な天気の一日となった9日。10時40分から、小倉北区・勝山公園にて開催された北九州市原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列いたしました。この式典は、北九州市原爆被害者の会が1973年から続けているものです。
北九州は、明治時代から“軍都”として発展してきました。太平洋戦争当時、小倉には陸軍造兵廠と呼ばれた兵器工場が、八幡には日本最大の八幡製鉄所(旧・日本製鉄)がありました。
1945年8月9日、本来ならば原爆は小倉に投下される予定でした。しかし視界不良のため、投下地点は第二目標の長崎市に変更。結果として、小倉は難を逃れ、長崎が被爆するという歴史的事実があります。
私たち北九州市民は、小倉が元々目標となっていたこの出来事を、決して風化させてはならないと思うのです。
その長崎の地で、同じ8月9日。石破総理は平和記念式典に出席され、その後、記者団の取材に「自らの責任については適切に考えたい」と語られました。
けれども、政治とは「信を問い、責任を取ることの連続」です。
昨日の両院議員総会では、臨時の総裁選が議題となりました。党内外からは「進退を明確にすべき」との声も出ています。その中で語られた「適切に考える」という言葉の背後に、果たしてどれほどの“覚悟”があるのでしょうか。
国政を託された者として、もっとも厳しく問われるべきは、「信頼に足るかどうか」という一点です。
私は地方に根ざした地元支部長として、政治の責任のあり方を、しっかりと注視してまいります。



